中学校に、一風変わった音楽教師がいた。
昼休みになると、教室のスピーカーから下手な歌が流れてくる。
声の主は音楽教師のN。無伴奏のソロ、何の前触れもなく唄い始め、
唄い終わると放送がプツンと切れる。
校内放送ジャックか?選曲も良くないし、おまけに、聴いている人が
辛くなるようなガラガラ声。嫌がらせだ。弁当を食べてる時に必ず唄い出す。
冬の寒い日だった。私たち三人は音楽室のストーブで温まっていた。
授業開始のベル、入って来たNは、私たちを見ると、そんなに寒いのか?と訊く。
着席してなかったことが気に入らないようだ。私は「寒い」と答えた。
するとNは、ストーブのすぐ近くにイスを三個並べ、そして言った。
この特別席に座って授業を受けて良し。ただし、絶対に席を移動してはならぬ。
そうですか、悪いですね、それじゃお言葉に甘えて・・・
授業が始まり、しばらくするとNが訊いてきた。
「そこは暖かいか?」
「ハイ、とても!」
すると、Nはストーブに石炭を投入しだした。それも大量に。
10分ほど経つと、鉄製のストーブの胴体が真っ赤になった。
それでも、最初のうちは我慢していたのだが、もうダメだ!熱い!限界だ!
私たちは、堪らずイスを後ろに引いた。その時Nが叫んだ。「動くな!」
そうは言われても、熱くてたまらない。
足と顔が火傷しそうなので、私たちは、両足を大きく開いたり、上体を後ろに
のけぞらせたり・・・まるで、釜から脱走しようとするゆでダコみたいだ。
もう、教室の中は大爆笑!とても授業どころではない。するとNが言った。
「許して欲しいか?」
「ハイ」
「それなら、天皇陛下万歳!と言え」
「?・・・」
「聞こえないのか?両手をあげて、天皇陛下万歳だ」
私たちは、堪らず「天皇陛下万歳!」ようやく難を逃れた。
これに味をしめたN、別の日、授業中におしゃべりをしていた生徒の耳をつかんだ。
そして、その耳を思い切り引っ張り上げながら、やはり言った。
「痛いか?」
「痛ててて・・・」
「天皇陛下万歳!と言え」
「言います。言います」
10年ほど後、地元にいる同級生に「Nのその後」を訊いてみた。
あのNのことだ、どこかでしくじっているに違いない。ところが・・・
じぇじぇじぇ!何と、Nは出世して校長先生になっていた。
「I Forgot To Rember To Forget」
1956年、プレスリーのこの曲は、カントリーチャートで1位になりました。
これは、ワンダ・ジャクソンのカバーですが、我がWalkin' Backでは、
パッツィーが愛唱しています。
2013.9.20