音楽は、聴くのも演奏するのも、やはりライブがいい。
私が生の演奏に初めて接したのは、小学校低学年の時。かつて「柿の木坂の家」と
いう大ヒットを飛ばした青木光一の歌謡ショーだった。
有名な歌手がやってくるというので、田舎は大騒ぎ。会場は、当時、親戚が経営して
いた映画館。立ち見が出るほどの人気だった。誰に連れられて行ったのかは覚えて
いないが、ステージに近い左側の席から、舞台を見上げていたことを記憶している。
青木光一がステージの中央に出てくると、満員の場内は大騒ぎ。スポットライトが
まぶしいのか、彼は、額に手をかざして客席を見渡し、こう言った。
「ずいぶん狭い会場だね」
確かに、田舎の小さな映画館だったが、会場にいた人たちには、バカにされたと
思ったようだ。ヒット曲を唄ったり、彼がトランペットを吹いたりして、とても
楽しいショーだったが、それ以後、地元の大人たちの間では、青木光一の評判は
あまり良くなかった。
ところが、後年になり、田舎でのあの時の評価は違うかもしれないと思った。
というのは、青木光一さんは、後年、歌手協会の重鎮として活躍したことを知った
からだ。詳しいことはわからないが、少なくても、仲間内からの人望がなければ
勤まらない職責だろう。
とすれば。あの一言は、青木光一さんが、ギッシリ満員の会場を見て、本当は
嬉しいと言いたかったような気がする。駆けつけてくれたファンに、窮屈な思い
をさせて申し訳ないと・・・
かつて大ヒットを飛ばしたといっても、今は、いうなれば「どさまわり」なのだ。
それに、会場が狭いことは、リハーサルの時から知っていたはず。人は、時として
自分の気持ちとは反対の表現をしてしまうことがあるものだ。
こんなことがあった。私が30代の前半の頃は、職場の近くの床屋に通っていた。
無愛想な店主一人の小さな店で、お世辞にも繁盛店とは言い難い。実際、私が
散髪に行った時に、他に客がいるのを滅多に見たことがない。
数年して、私は、転勤でその地域から離れた。
しばらくして髪が伸び、どこの床屋にしようかと迷ったが、帰宅するさい途中下車
して、その床屋行くことにした。
ドアを開けると、やはり店内には客はいない。あごマスクのオヤジが、暇そうに
新聞を広げている。私の姿を見るなりオヤジは言った。
「何だ。来たのか」
「・・・」
「こんなとこまで来なきゃいいのに。物好きだな」
「・・・」
いくらなんでも、もっと違った言い方があるだろうと思った。
ところが、椅子に座って鏡を見ると、その中に、嬉しさを隠しきれない
偏屈オヤジの目があった。
「Am I Losing You」
ジム・リーブスの自作。1957年に3位でした。
これはロニー・ミルサップのカバーで、1981年にNo.1ヒットに。
2014.9.27