会社員時代。関連会社から専務に着任したH氏は、以前から奇人変人の噂が
あり、数々の変わったエピソードの持ち主だった。その中の一つに、かつて
彼の部下だった人から聞いたこんな出来事がある。
別の支店から、H氏宛てに業務FAXが届いたそうだ。中身は、仕事上のある
案件に関しH氏の意見を訊きたいというもので、FAXの文面には、参考まで
にとして、質問者自身の意見も添えてあった。
そのFAXを一読したH氏は、そのFAX用紙一杯に、いきなりマジックインキ
で特大の☓印を書き込むと、すぐに差出人に返信した。要するに、質問内容
がくだらない。それに、質問者の意見もズレているということらしい。
それにしても、たった今送信したばかりの自分のFAXが、間髪いれずに特大の
☓印が書かれて自分の元に戻ってきたわけだ。質問者は腰を抜かすほど驚き、
そのあと烈火のごとく怒ったという。
そのH専務が、東京支店から「話を聞きたい」となった。会社の中期計画を
作成中らしく、順次全支店をヒアリングしてまわるそうだ。そこで、我が支
店も、ひと癖のある3名を揃えた。その中の一人が私。
やはり変人だった。話を聞きたいというから、そのつもりで出席したのに、
会議が始まるとH専務はしゃべりっぱなし。その得意顔を呆れて見ていたら、
いきなり、私に、これからの会社組織のありかたについて質問してきた。
私は「分社化」を主張した。関連会社を統合し肥満した巨大組織を作るよりも、
意思決定の速い小さな組織にしたほうが我が社の風土に似合うし、また、将来
予測が厳しい業界の中で、生き残れる可能性が高いと思ったからだ。
すると突然、H専務が怒鳴りだした。
「たわけもの!!お前はたわけものだ!」
「・・・」
無礼千万なやつ!そう思った。そんな気持ちが顔や態度に出たのだと思う。
すると、少しは反省をしたのか、専務は取ってつけたように「たわけもの」に
ついて説明を始めた。
昔、九州某県の山間の村。父親が亡くなって、三人の子供が田畑を分けて相続
したという。ところが、元々食うや食わずの貧農の田畑を分割してしまったの
で、子供三人は揃って困窮した。その「田分け」を例にとり、愚かな行為をす
る者を「たわけもの」と呼ぶようになった。
私は怒りながらも、なるほど、そうなのかと感心した。もちろん「たわけもの」
の語源由来のことだ。その後、会議の行方がどうなったのかは覚えてないが、
この言語由来のことははっきり記憶している。
あとで知ったが、この由来というのは俗説だった。本当は、ふざけるという
意味の「戯く(たわく)」の連用形が名詞になったものらしい。つまり本当の
語源は「戯け者」だ。
だが、この真説よりも、「田分け」の俗説のほうが面白い。その俗説を語った
H氏は、我が社においても奇人変人として数々のエピソードを残し、数年後に
はいなくなった。
「Who's Gonna Fill Their Shoes」
ジョージ・ジョーンズ、テネシーでのライブから。
1985年に2位になりました。
2015.8.14