ピーポー、ピーポー・・・
土曜日の夕方のことだ。部屋のインターホーンがけたたましく鳴った。
ギョッとする間もなく、同じインターホーンから『火事です!火事です!安全を
確認して逃げてください。火事です!・・・』とアナウンスが。私とパッツィーは、
あわててイスから起ち上がった。
まずは、火元が自分たちの部屋ではないことを確認。次に、ベランダに飛び出し、
手すりから身を乗り出して上下左右の部屋をキョロキョロ。しかし、どこからも
煙が出てない。
ひょっとして誤報かも?それとも避難訓練?いや、事前にそんな回覧はなかった。
やっばり、どこかの部屋が燃えているのか?どうする?とりあえず逃げよう!
これが二人の出した結論。
大事なものを持たねば。私は、財布と運転免許証、それとタバコと百円ライター。
パッツィーは、財布などが入ったバックを肩から下げた。逃げる前に火の元確認。
よし!テレビも電気も消した。よし!全部よし!部屋の外に飛び出した。
「エレベーターはダメ!」と、後ろのパッツィーから声が飛ぶ。
それもそうだ。途中でエレベーターが停止したら大変。7階から、外階段を使って
足元を確かめながら慎重に下に降りる。
1階エントランスホールに着いた。土曜日とあって、すでに、そこには人だかり。
天井のスピーカーからは、大音量のアナウンスが流れている。
『1階エントランスホール付近で出火!直ちに避難してください!』
えっ!ここが?ところが、どこにもその気配はない。やっぱり誤報だ。
人だかりの中を、引越し業者が荷物を運んでいた。集まった住民たちは、その引越し
業者と、天井の火災感知器を交互に睨んでいる。瞬時に、あぁ、これが犯人か・・・
「感知機に荷物をぶつけなかった?」私が業者に訊いた。
「やっていません。当ててません」と業者。
だが、その自信無さげな素振りが何となく怪しい。
あいにく管理人不在。天井のスピーカーからは、繰り返し、『火事です!火事です!
1階エントランスホール付近から出火!』の緊急放送が流れ続ける。ところが、
誤報の可能性が高いと判断した人たちには緊迫感がゼロ。すると、パッツィーが、
キャリーバックを曳いて避難してきた女性に訊く。
「それって、避難グッズですか?」
「はい、そうです」
その女性は少し恥ずかしそうだった。大荷物を持って部屋を出たのは自分だけだ。
残りの人たちは、全員が手ぶら。はなから警報を信じていないことが一目瞭然。
私たちはその中間か。一応は、大事なものを少し持ち出してきたが、キャリーバック
女性に比べると何となく中途半端だ。我が家でも、万一の用意に、バックパックに
避難グッズを取りそろえてある。ただ、重いので持って逃げなかった。
もし、これが本当の緊急事態だったら。そう考えると、キャリーバッグ女性の行動が
正解だ。パッツィーも私も、『火事です!火事です!』のアナウンスに仰天した。
結果は誤報だったが、リアリティー感のある実戦的避難訓練にはなったようだ。
だが待てよ・・・あの女性は、階段を転がしてきたのだろうか?
大きくて重そうなキャリーバッグだ。それを一段ガタン、一段ガタン、と・・・
考えてみれば大変な作業だ。やっぱり、避難グッズは「背負う方式」がベストだ!
「Holding Things Together」
マール・ハガード1974年の作品です。
2014.3.25