30年ほど前のこと。今ほど海外旅行する人が多くなかった時代。アメリカ旅行から
帰ってきた会社の後輩Tに、旅の感想を尋ねた。すると「目玉焼きには困りました」
泊まったホテルの朝食は、いくつかの卵料理の中から、一つを選択することができる
システム。その日、Tはどうしても目玉焼きが食べたくなったそうだ。
そこで、注文を取りにきたアメリカ人ウェーターに、「目玉焼きプリーズ」と言って
みた。だが全然通じない。やっぱり英語じゃないとダメだ。ところが、口は達者だが、
話せる英語はグッドモーニングとプリーズぐらいのT。もちろん、目玉焼きの英語
バージョンなどわかるはずがない。
それでも目玉焼きが食べたいTは、ジェスチャーで相手に伝えようとした。
私「それで、どうした?」
T「僕が食べたいのは目玉焼きですよね?」
私「それはわかった。だからどうした?」
T「だから、ここをこうやって指したんですが・・・」
私「アハハハ、アハハハ」
Tは、自分の目玉を指で示したそうだ。だが、ウェーターにはそれでも通じない。
不思議そうにしているウェーターに、同じことをもう一度やったが、それでもダメ。
どうしよう?Tは途方にくれた。
だが、途方にくれたのはウェーターのほうに違いない。何しろツアー客がいっぱいの
レストラン。それも朝食の忙しい時間帯に、変な日本人客が、自分の目玉を指して
妙なそぶりをしている。
隣のテーブルの卵料理と同じものを注文すればよさそうなものだが、Tは諦めない。
もともとしつこい性格なのだ。何を考えたのか、彼は、両手の親指と人差し指で
丸い輪を作って、自分の目玉のところに当てた。それも眼鏡の上から。
T「それもダメで」
私「アハハハ、バカみたい。アハハハ」
T「それじゃ、英語でどう言えばいいんです?」
私「?・・・」
T「えっ知らない?アハハハ」
今でこそ、目玉焼きをSUNNY-SIDE UP(サニーサイドアップ)と呼ぶことは一般的。
だが、その頃は私も知らなかった。散々私に笑われたTは、最後に私を笑い返して
溜飲を下げたようだった。
Tは、結局、目玉焼きを食べたそうだ。だが、その時、聞きそびれたことがある。
そのホテルに醤油はあったのだろうか?それとも塩か?よりによって、ケチャップ
だったりして。もし、ケチャップならば、すったもんだせずに、スクランブルに
すればよかったのに。目玉焼きには醤油なのだ!
「On the Sunny Side of the Street」
邦題「明るい表通りで」
1930年の作品で、ジャズのスタンダード・ナンバー。
マーティー・ロビンスが軽快に唄っています。
2014.7.21