法事の会食でのこと。同級生たちがいる席でしばし昔話。ところが一人の男だけは見覚えがない。誰だろう? すると、それを察したのか、その彼が「覚えていますか。後輩の〇〇です」とニッコリした。だが、それでも思い出せない。そこで「家はどこだっけ?」と訊いた。
すると〇〇君が答える。「米屋の隣の隣です」。米屋は知っているが、それでもピンとこない。首をかしげていると、〇〇君。「あの頃、うちは左官屋をしまして」。それを聞いてようやく思い出した。
「ひょっとしたら、紙芝居?」
「そうです! 紙芝居は自分の家の前です」
当時、町内には二人の紙芝居屋がやってきていた。一人は、無声映画時代に活弁士として活躍したというお年寄り。もう一人は、それより少し若い、確か「関さん」だったと思う。でっぷり太って眼鏡をかけていた人。その関さんが、紙芝居をやる場所が左官屋の前だった。
テレビのない時代だった。子供たちに人気だったのは、一週間に一度、自転車でやってくる紙芝居。関さんは、駄菓子を売りながら、いろいろな物語を上演するが、中でも人気があったのは「黄金バット」。続きが観たくて、拍子木が鳴ると小遣い銭を握りしめて走っていった。
駄菓子は5円か10円だったと思う。「ソースせんべい」や「梅ジャム」、それに「水飴」。透明だった水飴を、割りばしで何度もかき混ぜていると、飴のなかに空気が入って次第に真っ白になってくる。それを、チビチビなめながら紙芝居を観る。
お金のないときもあった。それでも先週の続きが観たいので、駄菓子を買わないで、後ろの方に紛れて紙芝居が始まるのを待つ。だが、関さんは、駄菓子の売り上げで生計を立てる商売人。すぐに見つかって「タダ見はダメ!」と追い出された。
ある時、妙案を思いついた。左官屋の家の中から観ればいい! うまい具合に、その左官屋の店先はガラス戸で、おまけに中は土間になっている。それに、いつ見てもそこには人がいない。ある日、駄菓子が買えない私は、そっとその家に入り込んだ。
関さんは、気が付いているようだった。だが、ここは家の中。ジロッと睨むだけで何も言ってこない。上手くいった!と思った。ところが、紙芝居がスタートしてすぐに作戦失敗に気が付いた。遠すぎて、肝心の「絵」がよく見えないのだ。それに関さんの声が良く聞こえない。いつもよりも小さな声でセリフを読み上げているような気がする。ケチなやつだ!
しばらく我慢して眺めていたが、まったく面白くない。そこで、諦めて帰ろうとすると、突然、家の中からおばさんが出てきて「ちょっとあんた。そこで何してんの!」。怖い顔でしっかり睨まれ、私は逃げるように帰ってきた。
「すると、君は、あの怖いおばさんの子供なのか」と、〇〇君に言おうとしてやめた。何しろ、〇〇君は母の一周忌に駆けつけてくれた来賓で、私は喪主なのだ。そこで「そうか、そうか、左官屋さんの息子さんだったか」とだけ言って、別の席に酒を注ぎにいった。
「Come On Home」
リン・アンダーソン。
1968年のアルバム「Big Girls Don't Cry」に収録されていました。
2016.12.7